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みなさんが毎日食べる食事をつくる道具には、どのようなものがありますか?
すぐに思い浮かぶのは「おなべ」でしょう。それでは次の質問。その「おなべ」がなかった大昔、人々はどのようにして食事をつくったのでしょうか・・・。
生で食べるか、火で直接焼いて食べるか、煙(けむり)でいぶして食べるか、たぶんそんなものでしょう。
そうなんです。「おなべ」の発明によって、人々は、はじめて「煮(に)て食べる」ことができるようになったのです。
そして最初の「おなべ」は土器(どき)だったんです。土で形をつくり、乾燥(かんそう)させてから、火で焼いて固めた器(うつわ)を発明したのです。焼き物の始まりです。
沖縄でも同じです。今からおよそ6600年前に土器がつくられるようになった、と言われています。「おなべ」の他(ほか)に食物の貯蔵(ちょぞう)などにも使われるようになってきます。
その土器に始まって、近ごろの「壺屋焼(つぼややき)」にいたる歴史(れきし)をたどってみましょう。そうすると、島にある土や木などを材料に使って、形をつくり、火を使って焼き上げた焼き物は、 いつでも人々の暮らしとともにあったことがわかります。
「壺屋焼(つぼややき)」?聞いたことがありますか。
古い記録によれば「壺屋焼」は、西暦(せいれき)の1682年ー沖縄が「琉球(りゅうきゅう)」と呼ばれていた時代のことですーに、当時の政府(せいふ)が焼き物産業(さんぎょう)発展(はってん)を目的として、現在の那覇市壺屋(つぼや)の地に焼物の里をつくったことに始まるとされています。
沖縄戦(おきなわせん)の時期(じき)を除けば、焼物を焼く炎(ほのお)を絶やすことがなかった窯場(かまば)が壺屋であり、300年以上の歴史を持つ沖縄の代表的な焼物が「壺屋焼」なのです。
戦前の壺屋は、那覇市の中心からはなれたところにあったため、戦争(せんそう)の被害(ひがい)をあまり受けませんでした。そのため、石垣に囲まれた昔ながらの道や登り窯(のぼりがま)などの文化財(ぶんかざい)が当時に近い形で残(のこ)されています。
そして、道ぞいには焼物の工房(こうぼう)や、その販売店(はんばいてん)が見られます。伝統(でんとう)の形と新しい街(まち)の姿がともに見られる情緒(じょうちょ)あふれる街並(まちな)み、それが壺屋です。
その一角(いっかく)にある壺屋焼物博物館(つぼや・やきもの・はくぶつかん)は、焼き物の形や、そこに映(うつ)るさまざまな表情から、壺屋焼をはじめとする沖縄の焼き物の歴史や現在、そしてその将来を読みとろう、という那覇市の方針(ほうしん)によって、つくられました。
少しむずかしかったかもしれないけれど、みなさんがこの博物館で焼き物を通して、<もの>を使うことの意味、<もの>をつくることの大切さ、それを大切にあつかうことの大事さ、わたしたちの祖先が<焼き物>に込めた思い、を学んでくれれば、と願っています。
博物館を出たら、壺屋の道も散歩(さんぽ)してみましょう。新しい発見があるかもしれません。