写真1 遺跡の全景 写真2 発掘調査作業メンバー

那覇市最古の土器発見 未来へつなぐ新たな発見

箕隅原(ミーヌシンバル)C遺跡の発掘調査

一 はじめに

 みなさん、「那覇西道路」をご存知でしょうか?
 現在、那覇空港(字、鏡水)から沖縄フリーゾーンの横を突っ切って、波の上、若狭に至る道路が計画されています。
 また、その途中の那覇港沖に「海の中」を通る沈埋トンネルが建設されています。
 この計画道路が「那覇西道路」といいます。(写真3)。
 さて、タイトルに示した「箕隅原C遺跡」は、この「那覇西道路」建設計画に伴って発見された遺跡で、那覇空港に程近い、陸上自衛隊那覇基地の一角に所在します(写真1)
 平成十五年度と十六年度に遺跡(埋蔵文化財)があるかどうかを確認する試掘調査を実施したのがきっかけで、四つの遺跡が確認できました。
 発見された地名の鏡水(大字)の箕隅原(小字)を冠して、それぞれにA・B・C・Dと遺跡名を付けました。
 今回紹介する遺跡は、その内のC遺跡となります。

写真3 沖縄西海岸道路計画図


二 遺跡の発掘調査について

 遺跡の発掘調査にはどんなイメージをお持ちでしょうか?
 ハケなどを用いて遺物の砂や土を掃くように慎重な作業を思い浮かべるでしょう。
 しかし、実際には鍬・スコップなどで遺跡に堆積する土壌を掘下げる、ある程度体力を使う作業が主な仕事です。その後、出土した遺物を図面に記入したり写真を撮影したりして遺跡の性格を探るのです。ハケを使用する作業は、言うなれば一番「おいしい作業」といえます(写真2は調査メンバー)。
 さて、箕隅原C遺跡の発掘調査は、「内閣府 沖縄総合事務局 南部国道事務所」の委託を受けて、二〇〇五(平成十七)年六月六日から実施しています。
遺跡の周辺には、那崎原遺跡、ガジャンビラ丘陵遺跡、さらに県指定史跡山下町第一洞穴遺跡などが所在しており、一帯は、先史時代の遺跡の宝庫と言えます。
 本遺跡の面積は、約二〇〇〇u、標高約三m前後の砂地に形成されています。地盤は、琉球石灰岩や島尻マージ(赤土)で、その上部に砂質と粘土質の土壌(遺物包含層)が堆積しています。
 遺跡の時代としては、縄文時代・沖縄貝塚時代後期・琉球王府時代と三時期の遺跡が同居しています。
 以下、時代ごとに概略をみていきましょう。

写真4 爪形文土器出土状況

●縄文時代●

 表1をご覧ください。沖縄における土器の形を分類して、年代順にまとめたものです。
 箕隅原C遺跡から出土した注目される遺物群として、土器・石器・貝・獣骨などが大量に得られていることが挙げられます。
爪形文土器(今から約六五〇〇年前・写真4)、室川下層式土器(今から約五〇〇〇年前)などの土器群や刃部磨製石斧(写真5)や大型の石斧など多彩な様相を示します。
 貝は、大型のシャコ貝・サラサバテイラ・カキ・クモ貝などが見られ、それが貝塚状に傾斜して堆積していました。
 獣骨は、「いのしし」のあごの骨や僅かですがジュゴンと見られる資料も得られています。
 この時期の資料がこれだけまとまって得られたのは、市内でも初めてのことで大変貴重な成果です。

表1 沖縄諸島の暫定編年草創期

●沖縄貝塚時代後期●

 表1の沖縄後期のWという時代に対応します。
 土器の底部を見ると「乳房状」を呈する資料が多く出土しています。そのほとんどが柔らかな質感をもった土器群です。貝も豊富に出土しています。種類としては、先に述べた縄文時代との差はあまりないのですが大きさに違いがあります。小形化しているのです。この違いは何に起因するのかこれからの研究課題です。
 一方、石器はあまり出土していません 。

写真5 刃部磨製石斧出土状況

●琉球王府時代●

 検出された遺構(鍬跡)などから「生活の場」というより、「畑地などの生産を行う場」という解釈ができそうです。
 出土した遺物は、ごく僅かで、中国産の焼物などが得られています。これらのことから十六世紀ごろの痕跡と考えられます。 
 市内においては、山下町第一洞穴遺跡(今から約三二〇〇〇年前)をはじめとして多数の遺跡が確認され、発掘調査が実施されています。その中でも本遺跡は、那覇市における先史時代の状況を想像することのできる数少ない遺跡となりそうです。今後の調査成果に期待が高まります。遺跡の重要性から、去った、十月二九日に現地説明会を実施し、二〇〇名を超える市民の参加がありました(写真6)。ありがとうございました。

写真6 遺跡の現地説明会


三 おわりに

 箕隅原C遺跡の発掘調査では、那覇市で二番目に古い時代の成果が得られています。
 山下町第一洞穴遺跡の旧石器時代(今から約三二〇〇〇年前)、続いて本遺跡の縄文時代草・前期(今から約六五〇〇年前・約五〇〇〇年前)。いずれも那覇市の中でも小禄地域に所在する遺跡です。「那覇の夜明けは小禄地域から」とは言い過ぎでしょうか?。
 さて、現在私たちは、平成という時代を生きています。すごく便利で快適な環境で・・・。
 一方、遺跡は、遠く古い時代の先人たちが生きた証拠を私たちに語ってくれています。そこから何を学び、何が学べるのか。
 今一度、遺跡を通して現在につながる「何か」を感じ取っていきたいものです。
 たまには、ゆっくり、じっくり将来を見つめなおす手がかりが遺跡にはあるような気がします。また、それが、遺跡の魅力ではないでしょうか?


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