那覇市教育委員会市民スポーツ課

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奥武山(おうのやま)野球場 1960(昭和35年)に整備される


☆県内初の本格的な野球場
★沖縄で唯一プロ野球公式戦が行なわれた野球場


沖縄県における野球の歴史は、1894(明治27年)沖縄中学の修学旅行隊が京都の三高を訪問した際に野球を教えられ、その後贈られた用具を使って見よう見真似でプレーしたのが始まりでした。
 その後野球は戦争の影響で一時中断した時期があり、戦後復興期には若い選手たちの活躍が県民に希望と活力を与えてくれました。
 このような沖縄県野球の歴史のなかで、昭和35年に整備された奥武山野球場は県内初の本格的な野球場として、県内球児の憧れの野球場であり、多くの熱闘の舞台となってきました。



奥武山野球場でのおもな出来事
1960(昭和35年) 12月10日、球場開き(日本石油野球部を招いての交流試合)
12月18日、電々公社対琉銀戦で電々公社の玉城勇選手が右中間場外へ第1号本塁打を打つ
1961(昭和36年) 5月20日、沖縄で初めてプロ野球公式戦が行なわれた。
★西鉄ライオンズ(現・西武)対東映(現・日本ハム)戦、奥武山球場は満員の観客で溢れかえった。19日の前夜祭では街頭パレードが行なわれ、数万人の県民が繰り出し、両軍選手の名前を連呼する声が鳴り止まらなかった。


南九州大会が沖縄で初めて開催
1963(昭和38年) 7月13日、首里高校対那覇高校の甲子園出場をかけた決勝戦が行なわれる。この日奥武山野球場は22,500人の観客で膨れ上がった。試合は7対4で首里高校が勝利。この年、首里高校は念願だった沖縄初の甲子園での1勝を成し遂げる。
1968(昭和43年) 11月30から12月1日、プロ野球オープン戦「巨人 対 広島」が行なわれる。
1973(昭和48年) 沖縄で初めて国体が開催される。(若夏国体)
1975(昭和50年) 本土復帰後初のプロ野球公式戦が行なわれる。セ・リーグの大洋ホエールズ(現・横浜)対広島カープ戦。
1994(平成6年) 11月7日、野球伝来百年の記念大会が行なわれる。

※奥武山野球場において、心に残るドラマはたくさんありますが、ここではその一部を紹介しました。


参考文献
「沖縄野球100年」、「チバリヨ!沖縄球児」
「プロジェクトXB挑戦者たち翼よ、よみがえれ〜海のかなたの甲子園〜」


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